内田 友幸のITの最先端で試行錯誤し続けた30年
中学時代から始めたソフトウェア開発
中学の時に初めてパソコンに触り、その底知れない可能性に衝撃を受けました。すぐにプログラムを勉強し、簡単なゲームなどを作って遊んでいました。その後、東大に入学後はパソコン通信を始め、自分で創ったソフトを公開するようになりました。
パソコン通信での成功
音楽と映像を再生する自作のソフト「Ray」「Filly」はパソコン通信上で人気を博し、専用のフォーラムが出来て12万人ものユーザーが集まりました。この活動を評価してくれた富士通様から声が掛かり、起業を決意する事となります。
自作ソフトのユーザー達の活動は本になりました
パソコン通信での活動が書籍となり、パソコンを使って音楽や映像を創作して楽しむ新しい形の文化の醸成に繋げていきました。
在学中での起業
当時、東京大学工学系研究科博士課程2年生で、コンピューターの活用に関する研究を行っていましたが、実業に携わる面白さに目覚めて「有限会社ゆんファクトリー」を起業します。会社ではソフト開発、コンテンツ制作などを行って行きました。
ITベンチャーへのシフト
無事、博士号を取得後、本格的に会社の経営に乗り出します。富士通様の公式iモードサイトの立ち上げ、運用などの受託仕事をメインにやっていましたが、当時ITバブルが膨らんできた事もあり、単なる開発会社では無く独自事業を展開するベンチャーへと方針を変えます。資本も3億程調達し、ケータイのポータルサイトやコンビニ活用のポイントシステムなどの事業を展開します。
バイアウト
8年程会社を伸ばしてきましたが、経営よりももっと技術寄りの活動にシフトしたいと考え、上場企業に会社を売却しました。その会社の役員としてセキュリティ製品などの企画開発に携わります。
Twitterの活性化
当時ユーザー数が10万しか無かったTwitterに極めて強い可能性を感じていた所、デジタルガレージの代表からCTOのオファーがあり、快諾します。Twitterの普及や活用アプリの企画開発などを行い、最終的にユーザー数は1,000万人を突破する事が出来ました。
Panpxでの起業支援活動
デジタルガレージではベンチャー支援プログラムOpen Network Lab.を立ち上げ、若い起業チームの支援も行っていました。その活動の中で自分ももっと起業に積極的に関わりたいと思い立ち、同社を退職して起業支援プログラムPanpxを立ち上げ、起業のテーマの考案とチーム作りの支援を始めました。現時点で2社の起業に成功しています。
直近の実績
IT事業企画勉強会研修
某上場システム企業様案件 若手エンジニア約20名を対象とし、ソーシャルメディアの活用など最新のIT事業企画をブレストで発案し、チームを作成して企画書の作成、プレマーケティングの実施を行う研修です。新規事業企画の考案、エンジニアの技術レベルの向上、社内活性化などに効果があります。
ソーシャルメディア活用ソリューションの企画、開発、運用
某大手システム系企業様案件 ソーシャルメディアを活用し、コンテンツを自動生成するシステムを作成しました。これによりサービスサイトの認知度向上、集客力の向上を実現しています。